Odyssey of Lyra

今はなき、哀愁の天体リラ。
こと座にあったこの星は地球から2200光年離れた場所に有りましたがすでに遠い昔にその命を終え、

そこに暮らしていた人々は、自らの運命に従い「故郷を持たない流浪の旅人」となって暮らしています。

そしてまた長い長い年月が経ち、天の願いの元、彼らはこの地球を作るためにはるばるやって来てくれました。
リラは、シリウス、プレアデスと共に慈悲深くこの地球に「女神達の愛」を送り続けてくれています。

 

美と愛の女神たち、愛し合う者たちの守護神です。
人として愛し合うことの喜びと、この地球でしか確かめることのできない温もりと、愛おしさ
リラの女神たちのお話を始めてゆきましょう。

 

この物語は、メインブログ「宇宙からの歌声」に掲載したものです。


新しいお話はメインブログの方に掲載してあります。
そちらの掲載が終わりましたら、こちらに移して行きます。

 

**リラの遥かなる旅**

リラの遥かなる旅1(リラの哀愁1)◆ 

リラの遥かなる旅2(リラの哀愁2)◆

リラの遥かなる旅3(女性性について1)◆

リラの遥かなる旅4(女性性について2)◆ 

◆リラ物語5(愛について1)

◆リラ物語1(リラの哀愁1)◆

 

リラは琴座に属した天体でした、でしたというのはこの天体がすでにこの宇宙から消滅してしまってるからです。
地球から2200光年の場所にありました。
その天体の崩壊に伴い故郷を離れ、様々な星に移住したリラの人々がいました。
中には同じ琴座のヴェガに移り住んだが人々も居た様です。

しかし全ての人がチリジリに様々な星に分かれたのではなく、高いテクノロジーを持ち高次元の存在であったリラの人々は人工天体を作りそこを故郷とし、言わば宇宙の放浪の旅に出たのです。

でも、放浪と言うのは正確ではないかもしれません。
常にこの人工惑星に住むリラの人々の想念で、行く先や未来さえも決め、とても高い精神性を持って宇宙を旅しています。

さて、この地球が誕生した時、ここを3次元の体験学習の場として天が認定した時から、ここに生きる生命誕生を迎えることとなりました。
太古の地球に生命が生まれ、やがて高度な細胞を持つ生命が生まれ始めた頃、主にシリウス、プレアデスの人々の干渉により人類が誕生しこの地球の歴史が始まりました。

しかしこの地球という惑星の誕生に大きく関与したのが実はリラの人々でした。


彼らは、人類そのものを誕生させる役割ではなく、地球という惑星そのものを作る地質学的な影響力を持ったのです。
具体的に言えばマントルを管理しているのがリラ(のエネルギー)ということになります。
彼らは地球誕生から現在に至るまで、この地球そのものの健全化を願って見守ってきました。

今回地球の次元移行に当たり、人工惑星リラに住む人々は自らの意思でこの地球のアセンションを手助けする事を希望し、今地球に多大な影響と干渉を与えてくれています。

 

この地球にも、リラを故郷とした人類も地球に転生をして来ている人々がいます。

私自身、今はシリウスの影響下にありますがリラ星が崩壊する前の遥か遥か古代に、リラに転生していた記憶も少しですが有ります。

期間的には短い時間だったと思うのですが、その頃のリラは、まだ次元自体がそう高くは無く(リラも何度となく次元上昇を繰り返して来ました)争いや人々の心の荒廃も存在する低い周波数の場所でした。


私は今の3次元である地球での体験学習の前は、どうもこのリラで多くの3次元的な体験をして来た様です。

この地球に来る人々の多く(80%ほど)は体験学習組ですが、それ以外の20%程は既に他の天体で3次元を体験をしっかりして来ています。
その人々は、この地球を体験学習の場として利用するのではなく、今私達がリアルに体験し始めた次元上昇を目撃、バックアップするために来ています。

その人達は既にどこかの天体で、かなりの3次元学習を終えて来ている筈です。
私の3次元学習の地球以外の場所が、このリラだった様です。

次元上昇を繰り返しながらリラは女性性の持つ柔らかで緩やかなエネルギーに変化した星となりました。


ですからリラを故郷とする方の特徴もやはり「女性性」なのです。
また私達が女神と言って崇め祀る女神達の多くが、このリラの人の呼称となっています。

木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)、ハワイのペレ、イシス、ハトホル、アテナ、アフロディーテ、ヤクシャ(夜叉)、ヨーギーニなどなど・・

 

※古代エジプトでシリウス人の総称を「オシリス」とし、彼らを神と扱っていたのと同じです。


特に例を挙げた最初の二人(木花咲耶姫とハワイのペレ)に共通するキーワードが有りますが、それが「火山です」
ご存知の事と思いますが木花咲耶姫を祀る神社は浅間神社です(ここには2つの火山が関係しています)一つが浅間神社のある富士山、そして名の通り浅間山です。
そしてペレはハワイのキラウエアに住む女神です。

火山は静かな時には、人々に多くの安らぎと恩恵を与えてくれます。


温泉も、火山灰に含まれるミネラルも、母なる地球を常に息づかせる造山活動も、マグマの移動、大陸の移動も火山と深い関係にあります。
しかし一旦噴火すると、手がつけられない程の破壊的エネルギーで、今度は人の生活を翻弄してしまいます。

リラの持つ特徴こそ、穏やかな時には慈悲を見せ、感情が高ぶった時には誰にも止められない程の激しさを見せます。
リラ星人の特徴がこの「火山」なのです。

さてこのマントルを司る女神として伝えられてきたリラを故郷にする人々もシリウス、プレアデスに比べれば少数ながら、この地球に人類として転生してきています。


今地球は悲願だった次元移行という宇宙的イベントに入り始めています。
しかしこの大イベントをなんとかして阻止したい勢力が存在し、太古の昔からこの次元移行が始まることを阻止し続けていました。


天の摂理において地球次元の上昇は、必ず起こるというスケジュールになっていましたが、そのタイミングは今回が初めてではありませんでした。
地球の歴史において何度かのチャンスがありましたがその都度、それを阻止され潰されてきました。

このイベントにはガイアである地球だけの力ではなく、それをバックアップする人類の力もとても重要です。

その人たちがよく耳にするライトワーカーたちです。


しかし過去のタイミングにおいて、まだ強大な力を持っていた抵抗勢力はそのライトワーカー自体を殲滅することにより、阻止することに成功してきました。

例えば近い歴史の中では魔女関わるリラのエネルギーを持つもの(ここでは女性を指します)を戒め、低いものとして押さえつけてきました。

リラの人々には争いや攻撃、自己防御という破壊的な意識がなく、また実際身を守る術さえ持たないのです(女性性の象徴の一つは平和です)
そのため簡単に圧政の中に落とされ、魔女狩りなどという不条理を甘んじて受けなければならなかったのです。

シリウス、プレアデスの人々は身を守る「腕力」を持っていましたので、抵抗勢力に対し実力で抵抗出来ますが、リラのエネルギーを持つ人はそれができません。


そのため彼女達が選択した自己防衛が「隠れる」ことでした。
木花咲耶姫は自分の名前を語らないでほしいと願う奥ゆかしい姫と言われてきましたが、それは奥ゆかしさではなく、自分という存在を語らないでほしいという切なる願いに基づくものでした。
同じようにアマテラスも「隠れる」女神として語られてきました。

その意識を持つリラを故郷とする人々は皆自分が前面に出ること、目立つこと、人に知られることを極端に避けて来ました。
陰で息をひそめ、気配を消し、目立たず静かに暮らして行く事で、身を守ってきたのです。

今現在も目立たず静かに暮らしていたいと願う人の中にはリラを故郷に持っている可能性がかなり高いと思います。
彼女達は決して良い子でいたいのでも、奥ゆかしいと褒められたいのでもありません。


自分の存在を人に知られたくないとさえ思うほど臆病で覇気を見せないその理由が、身を守ることに由来してきたのでしょう。
遠い昔からの魂の記憶です。

しかし、とうとう次元移行はその時を迎えました。


しかも次元ポータルである2012年12月を過ぎ、その上昇は後戻りできないところまで来ています、そのため抵抗勢力の力は落日を見るほどに衰えてきているのです。


この大きな変化によりリラを故郷に持つ人々はもう逃げ隠れする必要が無くなって来ています。
そしてリラ星を故郷にもつライトワーカーの目覚めの時を迎え始めているのです。


しかしリラが目覚めるということは、今まで押さえつけられてきた地球自体の目覚めも同時に起こり、自然が「動き始める」事になります。

既にその兆候が各地での気象に現れ始めているかと思います。

さて今回の副題としてつけた「哀愁」と言う言葉が示す通り、リラの人々は集まり、グループ、集団、付和雷同、所属、そうした言葉が表す「生温い感性」を持ち合わせていません。


考えてみれば、自らの故郷である天体そのものが無い、帰る場所が無いと言う感覚は想像するに余りある程の哀愁を感じさせまね。

 

火山のエネルギーを内に秘めたリラを故郷にする人々の覚醒と解放。

これこそが地球次元の上昇、その始まりの鐘の音だったのです。


◆リラ物語2(リラの哀愁2)◆

 

「哀愁」と言う言葉が示す通り、リラの人々は集まり、グループ、集団、付和雷同、所属、そうした言葉が表す「生温い感性」を持ち合わせていません。

遥かな太古リラが崩壊する時、そこを故郷としていた人々はいくつかの選択を迫られました。
この天体が3次元の周波数から5次元を超え7次元あたりに差し掛かる頃、天体の終焉を迎える時となったようです。

彼らは故郷が無くなる、帰る場所が消滅してしまうという想像もできない程の悲しみの中に追いやられることとなりました。
しかし天の摂理の前に、避けることの出来ない非情なまでに過酷な現実として人々はそれを受け入れました。

その際いくつかの意識を持つグループに分かれることとなりました。

 

●グループA

このグループはリラの中でもやや過激な行動派で、この現実を極めて不条理との思いを持った人々でした。

彼らは同じ琴座のヴェガに移り住む(移住)事を希望し、ヴェガその希望が受け入れられました。
しかし彼ら過激なグループはヴェガの中のダークサイトと繋がってしまい、やがてオリオン大戦にダークサイドとして関わるという道に進んでしまいました。

 

●グループB

このグループはリラを離れることを良しとせず、この星の崩壊とともにすることを選んだグループです。

星の崩壊とともに、肉体(炭素体ではありません)を持つ彼らもこの星の運命とともにし、宇宙のチリとなってゆきました。

でも生き残る事の過酷さから離れることができたのですから、ある意味このグループが一番幸せだったかもしれません。

 

●グループC
さて残りの大半。穏やかで、女性性のエネルギーを持つ人々は彼らの高度なテクノロジーにより、月より大きな惑星ともいえる人工天体を作り、そこを故郷として宇宙の流浪の旅に出ることとなりました。
しかしその過酷なまでの試練は並大抵のもではなく、女性性を持ちながらも彼らは鍛えられ、試練をくぐり抜け、天の摂理に抗う事なく生きてきました。

そのためグループCの人々は流浪の民の「哀愁と切なさ」が彼らの持つ一面となったことは想像に難くありません。

長い年月の後、やがて地球の創成期に太陽系にたどり着きます。

そして、天のシナリオ通りに地球がいずれ体験する次元移行に備えこの地球で人類として生きることを選択し、その日々が始まりました。


しかしその人口惑星に住むすべての魂が地球人類として転生することはもちろん不可能です、また暗く重いこの3次元地球に人類の肉体を着て生きることの不自由さ(危険も伴います)から、気楽な思いで地球に降り立つ事は出来ませんでした。

先ずはこの地球の地質に対し、自分達の出来ることで貢献しようと願い、そうしました。


しかし天空からそれを行うだけでは不十分でしたので、人類として地上でそのワークに従事する人の志願者を募り、それに手を挙げた人々がこの世界に降り立ってきたのです。

地球に降り立った彼らは高い女性性を持っていたため暴力や過激な行動に出ることができません。

そのため今までにいくつもの魂がネガティブエネルギーに晒され倒れて行きました。


それでも相手に対する憎しみや怒りを向ける事なく、静かに自らの気配を消し去り、苦悩の日々を(何世代にもわたって)生き抜いてきました。
自分を攻撃しようとするもの、迫害し鞭打つ相手であっても決して反撃や防御、怒りを見せることはしませんでした。

しなたかったと言うより出来なかったのです。

そうした過酷な日々を送ってきたリラの人たちは、外に助けを求めることをしませんし出来ません。

優しさや温もりを求めようともその方法も知らず、それよりも自分からそうした思いを抱く術さえ持ってはいませんでした。

グループを作ることもなく、集団を避け、仲間を探すこともなく孤高の日々の中にありました。


暗く狭い、寒い穴蔵のような場所であっても、忍耐強く、声も上げす、しかし絶望や自暴自棄には決してならず、まるで人も通わない高い山の奥にひっそりと佇む湖の底で息を潜めるように、この社会の中で人に見られないよう、探されないよう、知られないよう生きて来たのです。

 

やがてくる地球次元の上昇の時まで。

それほどまでに過酷な日々を生き抜いて来たリラの魂を持つ人々は、この3次元で行われている体験学習が時には生ぬるく、時には子供じみて見えてしまうため、どうしても学習者が抱く痛みにや思いに寄り添うことができません。


しかし、そう感じたとしても、それもその人の体験学習と分かっていますので、決して人を低く見ることもなく、ましてジャッジや批判などする事はありません。

「人はいずれ死ぬものです、何故それほど生にしがみつくのですか?」
「名を上げ人に褒められること、我欲を持つこと、野心的でいることに何の意味があるのですか?」
「一人っきりで生きることを何故それほど恐れるのですか?」

こうした意識は天の摂理を理解したからこそ持てるわけです。
そして魂を鍛え、過酷な日々を送ってきたものが獲得した ”真実” でもあります。

しかし体験学習の場で生きる人々にとってリラの人たちのその ”達観” は理解を超えています。


だからでしょう、リラの人たちは人から情の無い冷たい人と思われたり、人に対して強い興味を示しませんので、時には疎まれたり怪しまれたりもしてしまいます。
しかしその哀愁の日々をすごしてきたリラの人たちは真の愛(全てではなく愛の一つの側面として)とは過酷で、厳しく、切ないものであることも十分に理解しています。
哀愁の先にある真実に辿り着いたのが、この地上で生き抜いてきた彼女たち「リラ」なのです。

しかし決して人生を、生きることを諦めてなどいませんでした。
やがて来る日を気の遠くなる日々の中で待ち続けていたからです。
そして今、その時となりました。

今まで眠っていたリラの人々は、自分の中にある真の情熱と願いに気がつき始めています。
女性性の解放は新しい次元の有り様を示しています、ですからそのために生き抜いてきたにリラの悲願なのです。


◆リラ物語3(女性性について1)◆

 

先ず始めにリラの主たるエネルギーである「女性性」についてお話してみます。

女性性と言うと「女らしさ」と捉えがちですが、表面上の女性らしさや柔らかさを指すのではなく、例えばある事象を見る時、どのような意識を持ってそれに対峙するかと言う事に女性性を垣間見る事が出来ます。

女性であれば見た目のしとやかさとは裏腹に、その内に強い男性性を持つ方も居れば
見た目が男前で、辛口の言動をする人でも高い女性性を兼ね備えた方もいます。

男性でも見た目が粗野で厳つい人であっても、その心のうちに女性性の一つである強い慈悲の心を持つ方もいます。
逆に見た目だけは紳士で優しそうに見えても、その目の奥に物事を論理と腕力で解決しようと言う意思を持つ方もいるでしょう。

女性性と言うのは、その人が持つ持つエネルギーベクトルの様なものです。

かつて人類の歴史には洋の東西を問わず政治は男性が執り扱うものであり女性は後で控えているものと言う時代がありました(今でもこうした化石の様な意識を持つ方も決して少なくは無いですが)


またあらゆる宗教において神事は男性が司るもの、そのサブ(補佐)として巫女やシスター、尼僧と言う位置づけで、女性の地位を低く見ています。
また女性自体能力が低く、低俗で卑しいものとして扱う男尊女卑の世界がこの1万年以上の永きに渡って続いてきました。
この歴史は、宇宙的に見ても特筆すべき「珍事」だった様です。

これは裏を返すと、この世界を管理し牛耳ろうとする側に取っては女性が持つ真の力が如何に優れているかを理解しているため、その解放を阻止し、押さえつける目的があったからなのです。

では女性性の力とはどう言った事なのでしょう。

私達人類を含めあらゆる生物を見ても分かる様に、全て母なるものから生まれて来ています。
その点から見ても女性と言う存在はこの世界を作り上げる始祖となるものな訳です。
この日本においても、神の最高位は天照皇大神宮、つまり女神と言う事になります。

そして女性の持つ優位性の一つがそこに有ります。
母である者の、子に対する慈しみの形こそ神の持つ慈愛そのものです。
これは教育され伝えられるから持つ様なものではなく、野生動物でさえ兼ね備えている真の愛の形。

それに比べ男性性は短絡的で、物事の解決を暴力や腕力で行い相手をねじ伏せ、言う事を聞かない時には戦争を持って解決して行こうと言う極めて粗野で単純な発想をしてしまいます。
実に稚拙で子供じみた意識です。

しかし女性性は物事の解決(政治的であれ極めて個人的な事であれ)を相手を殺害してまで解決して行こうと言う意識は希薄です。
もちろん男性性を強く持つ女性もおられますし、男性では思いもしない執念と意地悪をする事もある様ですが・・・
また極めて個人的な恨みや我欲のために殺傷に及ぶ事もあるかも知れませんが、それに関しては感情が左右する事象なので男女の差は余り開きません。

しかし戦争と言う行為は、個人的な怨恨も我欲も無い相手に対して銃口を向け引き金を引くと言う極めて常軌を逸した異常な殺戮行為です。
こうした無益な血は、その地に殊の外深いカルマを生じさせてしまいます。
つまり土地を血で汚してしまうのです。

また、女性性は「大義のための小さな犠牲」と言う意識は男性に比べれば少ない筈で、逆にその意識が結果として戦争を肯定してしまいます。

いかに真実であろうと数の論理でねじ伏せると言う、真の意味から逸脱した現行の「民主主義」と言う周波数帯の低い3次元のイデオロギーに依存しています。
本来の民主主義は主義主張を口頭や文章で表現する必要も無く、全ての人のニューロン的意識の繋がりに依存しますので、言葉は不要になります。
次の次元では政治もリーダーも不要な真の民主主義が執り行われることでしょう。

この世界、女性が政治であれ文化面であれ全面に立っていたのであれば、少なくとも物事の解決にミサイルも核兵器も使わずに済ます事が出来たでしょう。

その逆に統制とかルール、規律とか秩序と言う部分では極めて緩く、自由で曖昧な世界になっていたかもしれません。
しかしその「自由で曖昧」と言う事(意識)が、実は高次での在り方なのです。

管理し管理される社会も、厳しいルールも決め事もなく、自分の想いのまま生きる事の出来る意識も「女性性」と見る事が出来ます。

もちろん今までにも歴史を見れば女性の宰相は存在していましたし(その史実が作為的に曲げられ虚偽でなければ)戦を望む女性が居なかった訳ではありません。
しかし相対的に見て女性が全面に立っていれば、少なくともお腹を痛め大切に育てた子を戦場に立たせる様な「愚行」を人類はそう簡単に犯しては来なかったでしょう。


◆リラ物語4(女性性について2)◆

 

男性性の世界では天下国家を論じることが、さも優れた意識、世界のための重要な視点と捉えてきました。

これが今までの3次元的意識の基礎となるものでした。

 

一方女性性は自分の知らない世界にまで視野を広げるより、自分を取り巻く手の届く世界への視線を持つのが女性性の特徴です。

 

「ニュースはあまり見ません、新聞は読みません、今世界でどんなことが起こっっているのかはあまり知らないのです」

 

実はこうした状態が3次元から離れるために、とても重要なのですね。

 

なぜなら今までの世界には作為と悪意を持った報道が蔓延していました。

また宗教や教育の名の下に、どれほど間違った(もしくは嘘の)情報が伝えられてきたかを知れば、世界の情勢や社会事情を知らないということがすなわち無知と言えることではないのかもしれないのです。

 

報道や教育の中に、悪意を持ったエネルギーが注がれていても、論理性を前面にそれを受け取ってしまうとそこにある負のエネルギーが理解できずに、意識誘導にかかってしまいかねないのです。

でも「勘」を頼るような判断や、知識が不要なその場だけの判断は、逆に言えば報道に添えられた意図的な負のエネルギーから知らず知らずの内に、誘導から離れ、自分を守っていたかもしれないのです。

 

なぜ新聞を読まないのでしょうか?

なぜニュースを見聞きしないのでしょうか?

 

「だって興味がないし、面白くないし」

 

そうなんです、これこそが最強のプロテクト能力なのです。

知らず知らずの内に負のエネルギーに近寄らない。これが女性性の能力の一つでもあるのですね。

 

「だってつまんないんだもん」

「怖いし、気持ちが萎えるんだもん」

ここに秘められた自らを守る力を信じていただけますか?

逃げるが勝ちのリスク管理です(笑)

 

「世界を良くするために天下国家を論じ、時事について見識を極め、論客として人々に啓蒙をして行く」

こんな大仰で偉そうな言葉を聞いていたら頭痛くなりません?

 

一見優れた見識や行動に見えるこの男性性の「行動が全然伴わない」言葉の数々。

 

結局はこうした「お言葉」はテレビ討論会や壇上でお話ししている卓上の論理でしかなくて、結局1万年以上もの長い歴史の間、声高に伝えてきていても、この世界を変える力にはならなかったのです。

 

報道も教育も社会構造も、もし仮に作為ある何者かにコントロールされているのであれば、その社会性の上に成り立った難しい政治の議論ほど虚しいことはありませんね。

 

また仮に社会の不条理を唱え、その自分の言葉通りに行動したとしても、家庭や身の回りにもしっかりとフォーカスして行けるかがとても重要なバランスでもあります。

 

地球はまだまだ次元移行の過渡期ですが、皆さんお花畑のような日々を送っているわけでは無いでしょう。

自分の身の回りにだって天下国家を憂うに匹敵する問題があるかもしれません。

それを見ようとしないで、天下国家は如何なものかと思うのです。

 

自分だけの問題は皆抱えて生きていて、だからと言ってそれを抱えていることが、必ずしも周波数の高さに影響することではありません。

 

自分や自分を取り巻く世界に課題がやって来るのは自分の周波数が低いから?

そうした課題を完璧に解決でききる自分が周波数が高いの?

 

いえいえ、そうでは無く、そうした課題は自分が進化して行くための大切な設問なのです。

問題や苦しみ、痛みが自分にやって来るのは自分の周波数が低いからと思いがちですが、決してそうではないんです。

 

そうした課題と面と向かっった時、それをどう解釈し、どう意識を向け、その中から自分とは何者なのかを知り、そしてそれを原動力として前に進んで行く。

これが自分の周波数を上下させて行くことなのです。

進化するために生まれてきたのですから、進化するための学習をしている。

それが今ここに居る大きな意味の一つでもあるのです。

 

また権威や名声に固執する男性性は、どうしてもこの世界にヒエラルキーを形成しようとしてきました。

上下関係や報酬・蓄財の大小、自分の所属組織の大きさや役職や肩書き。

こうした判断は、確かに順位付けがしやすいので他者との区別化や、差別化にうってつけです。

 

でも、これらは全て上辺(身にまとっている服のようなもの)だけの価値でしかなくて、裸になった時の自分の価値ではないですよね。

 

人の価値を決める物差しになるエラルキー意識は、管理社会や経済社会の中では自分というものを保つためには役に立つかもしれません。

だからでしょう、一旦権威の場所から自分が離れた時、自分という存在をどのように見ればいいかがわからずうろたえ萎縮してしまうことにもなってしまいます。

 

一方家族や自分を取り巻く人々、環境にフォーカスをして生きる女性性は、そうしたヒエラルキー構造の枠から離れていますので、判断基準も極めて私的(自分本位)で、体験もしていないし有りもしない危険や恐怖、不合理に心奪われることなく、目の前にあるリアルな事象に集中してそれを解決して行こうとする方もいるでしょう。

 

この行動こそが世界の変化に繋がって行くのです。

これお分かりになりますか?

 

天下国家を口にするより、自分を取り巻く環境の中で、自分の幸福や安心を築いて行くことが、次元上昇?

そうなんです!

 

自分の世界・目の前の世界

その幸せの強力なエネルギーは、更に自分の周りに伝わって行き、更に大きな幸せの輪を広げて行き、やがて自ら住む社会へも世界へもそのエネルギーが「感染」して行くのです。

 

この意識がしっかり腑に落ち自分のものとなった時、自分の世界が変化して行きます。

これこそがリラの持つ「強大な」力なのです。

 

リラのエネルギーには「戦い、争い、駆除、殺戮」という概念がとても薄く、問題を暴力や戦争で解決しようと思う意識が希薄です。

と言うことは女性性のエネルギーをこの地球にもっと送り出すことができれば、暴力的なエネルギーで解決する男性性から優しさを持つエネルギーに変えて行けると言う事なのです。

 

戦争を口にする者たちも皆「お母さん」から生まれて来ています。

我が子を命の危険がある戦場に送り出し、しかもよそ様の子を殺して来なさいと願う母がどこにいるでしょうか?

 

これこそが真の女性性の重要な部分なのですね。

 

だからこそ長い歴史の中で、こうした強大な女性性のエネルギーを恐れた為政者や権力者、宗教指導者が女性を蔑視し、低く劣ったものとして押さえつけてきたことは明白です。

中世ヨーロッパで行われてきた「魔女狩り」も、精神性の高い女性や、覚醒を迎え始めた女性たちを排除するための行動だったことは間違いないことでしょう。

 

よく言われることに「女性が元気で明るいところは、栄える」と言われています。

この栄えるということは、必ずしも経済的なことだけを指すのではなくて、心の平穏や地域の平和、安らぎと笑顔という掛け替えのない財産を意味するはずです。

 

争いや諍い、恐怖や怒りのある世界で語られる「平和」など唇寒い虚言でしかありません。

 

誰もが「平和って何?、どういう意味ですか?」

 

そう思い始める事、これこそが真の平和が ”完成” した世界だと思うのです。

平和であることが大前提の世界では平和を願う意識も言葉も口にすることなくその世界に生きる事でしょう。

完全に新しい次元に完全移行した時には、この地球から「平和」と言う言葉は辞書から無くなって行くかもしれませんね。

 

そしてその世界に向かうためにはリラの持つ

○慈悲(子への慈しみ、生きとし生けるもの全てへの慈愛、自然や動物たちに寄せる温かい眼差し)

○愛(文字通り目の前にいるパートナー・・性別・年齢・国籍も関係なく、それが動物であっても・・と共に愛を語りあう)

これが、新しい世界に向かう追い風となる筈です。

 

でもこうした「慈愛やラブパワー」は表面的な仕草や言葉使いを意味するのではありません。

また生き方やライフワーク、その人の嗜好や趣味、言動で判断するものでもありません。

 

喧嘩っ早い人であろうと、口が悪く辛口であろうと、女性であっても男前であろうと、真の慈愛はそうした表層で判断できるものではなく

胸の奥、ハートの輝きと温かみこそが「女性性」なのです。

 

ですから性別で判断出来る事ではありません。

女性であっても強い男性性を持つ方も、男性であっても優しい女性性を持つ人もいます。

 

 

世界のエネルギーが真の女性性に目覚め、緩やかに変化して行く世界こそが新しい次元への進化の証しと強く感じています。


◆リラ物語5(愛について1)

 

今回から「リラの愛」についてお話しして行きます。

 

手始めにこの宇宙を構成しているエネルギーの元となる宇宙的な「愛」に関して触れておきましょう。

これは本題となる「リラの愛」のお話の前に知っておきたい内容です。

 

一般的に愛という言葉はとても多くの意味を持っていて、曖昧で捉え所がないかもしれません。

ここで「愛」をあるベクトル(種類・意味・個性)を持った「エネルギー」と置き換えて考えて見ましょう。

 

例えば他者に対する(恋愛感情を含まない)「思いやり」と言うような愛があります。

ホスピタリティを持って親切で優しい目を相手に向けたり、または受け取った時に感じる「愛」です。

 

この愛には「所有欲や独占欲、見返り」を伴わない、とてもライトで、しかもピュアな一面があります。

(男女間、あるいはパートナーとの愛に関してはリラの「愛」ととても深い関係がありますので、こちらに関してはリラの持つ「愛」で触れて行きます)

 

また「愛の中に生きる」という言葉を耳にすることがありますが、自分自身がその温かいエネルギーに包まれたり、相手にその温かさを送ることが愛のもう一つの解釈ですね。

この愛は与えたり、受け取ったりするものではなく「愛」というエネルギーを感覚的に表現する時に使われる言葉です。

 

自分の状態をポジティブな状態に保ち続けたり、また優しさを持つ人に触れたり包まれたりした時に、温かさのようなエネルギーを感じます。

これこそが物理的な「愛のエネルギー」と言われるもので、高い周波数を持っています。

 

よく「元気をもらう」とか「パワーをもらう」と言う言葉を聞きますが、その言葉だけを理解しようとしても意味不明かもしれません。でもそれが何を伝えているかを感覚的に理解することは出来ますよね。

これが、見えないエネルギーを受け取ったり触れたりした時の表現なのです。

 

同じように、無償の愛と言う言葉が示す親子愛や家族愛、友愛、世界の子供達や動物達への暖かい眼差しといった緩やかで穏やかな慈愛も同じような温かいエネルギーを持っています。まるで寒い冬に体を温めてくれる暖炉の火のような、物理的な(肌で感じることのできる)エネルギーと理解してみると分かりやすいかもしれません。

温かく緩やかで自然体の愛が持つ「エネルギー」です。

 

このエネルギーは強烈な「熱」というより、緩やかで優しいエネルギーで、まるで遠赤外線が体の芯を温めてくれるおだやかなエネルギーのようなものですね。

また、薬で言えば即効性はないけど、漢方薬のように体質改善に役立つエネルギーと言っても良いでしょうか。

 

高い周波数を持っていても、強烈ではない優しいエネルギー。

そのエネルギーに触れた時、人は心の中に「温もり」を感じます。

そしてこのエネルギーは、人にだけ効果があるわけではなく、むしろ地球そのものへのエネルギー還元にもなって行きます。

 

日々の人生の中で他者への思いやりや優しさと言う「愛」を向けることにより、それが見えないエネルギーとなって緩やかにこの地球全体をベールのように覆って行きます。

 

そして更にこの地表にある「尖ったエネルギーやネガティブなエネルギー」をゆっくりと氷解させて着実にポジティブなエネルギー状態に変換して行くことに繋がって行きます。

一人一人が高い周波数状態にとどまることにより、この地球に次元移行を促進させるエネルギーを送ることができるのですね。

もしかしたら、それが私たちがこの人生を選んだ時に決めた使命の一つかもしれません。

 

でも、自分の使命が地球へエネルギーを送ることだとしても、漢方的な効能ですがら、無理なく自分のペースで、しかも途切れることなく継続して行くことが大切です。

 

この一連の「愛」は天の摂理に則った、決して絶える事のない普遍のエネルギーです。

どのような世界、次元、生命体、行為といった森羅万象全てにでも与えられるべき天のエネルギーと言えばいいでしょう。

 

宇宙はこの愛のエネルギーそのもの、愛のエネルギーの上にこそ宇宙は存在すると言っても過言ではありません。