Release Jomon

 

*余市・小樽・縄文の解放
フゴッペ洞窟と
ストーンサークル巡り

 

 

 



**余市・小樽・縄文の解放**
フゴッペ洞窟とストーンヘンジ(環状列石)巡りと小樽コンタクトワーク・神社参拝(竜宮神社 or 水天宮)




●フゴッペ洞窟(余市)

「フゴッペ洞窟」は余市の海岸から200mほど内陸、海に向かってのびた丘陵の先端部分にある洞窟です。
およそ5000年前の縄文海進による波浪侵食によってえぐられてできた海食洞で、続縄文時代後半に彫られたと推測される刻画が残っています。

各国から学者や研究者も訪れるフゴッペ洞窟は、昭和25年(1950)年に海水浴に訪れていた中学生によって偶然発見されたものでした。翌年から発掘調査が進み、昭和28年(1953)年に国指定の史跡に。
古く貴重な遺跡が、それまで気づかれずに静かに眠っていた点も、神秘性にさらにベールをかけています。
フゴッペの語源はアイヌ語のフムコイペ(波声高い所)など諸説あります。

 




●西崎山環状列石(余市)

西崎山環状列石群は、第1区から第4区に区分されますが、このうち、第1区が西崎山環状列石として史跡に指定されています。

指定地の第1区は、余市駅から東南へ5.5km、海抜70mの西崎山の丘上にあります。

このサークルは縄文時代後期のもので、直径1~2メートルの遺構が7か所密集して、一つの大きなサークルを形成しており、長径17m、短径12mの楕円形をなし、大小数百個の自然石が並べられています。

大きいサークルを構成する小さいサークルの一つ一つでは土器や石鏃が発見されています。

 



●地鎮山環状列石(余市)

このストーン・サークルは、忍路環状列石の西、約1kmのところにある地鎮山(標高50m)の山頂に位置しています。

その形は楕円形で、12個の大石が10m×8mの規模に配置されています。

昭和24年(1949)に行われた発掘調査では、中央よりやや南寄りに円形の集石(小さな円石を集めたもの)が見られ、その地下部分から2m四方深さ1mほどの穴が発見されています。底には円石が敷かれていました。

縄文時代後期のものと考えられています。現在、穴の壁はコンクリートで土留めされています。

 



●忍路環状列石(余市)

遺跡は三笠山という小高い山の山麓の、標高20mの河岸段丘上に位置しています。

遺跡の広さは南北約33m、東西約22mで、楕円形をしている。外側に2mから3mの幅で大きさ10cmから20cmの石が環状に置かれ、その内側に高さ1mから2mの大石が配置されています。

約3,500年前の縄文時代後期のものと推定されています。